発想の種をかたちに
仕事を楽しむ姿勢が魅力をつくる
「まさか自分が白雲を継ぐとは思っていなかった」
高校生の当時、秀三は船乗りを夢見ていました。
しかしながら視力が資格に満たず断念せざるを得なったのを機に、彫刻師という道が自然と頭に浮かんだといいます。
そんな当時の恩師から「彫刻の道に進むなら、何か大きいことをやれ」と背中を押され、高校三年の期末試験を終えたその日の昼からはもう、弟子たちが寝起きをする若い衆部屋での生活が始まったのでした。
秀三にとってありがたかったのは、二代目の父と歩んだ30数年の間に様々な仕事を経験できた事でした。
多種多様な、そしてオーダーメイドの受注を受ける当時の白雲工房では、お客様の要望やまたそれ以上の事に応えようと、技術の応用や社寺彫刻などは予備知識として宗教や歴史などを勉強する機会が自然とありました。
入門10年目に2代目より「秀水」の号を受け、職人として認められながらも、発想の種を育む姿勢は常に変わらず、ユニークな発想を生む事が現在三代目白雲としての代名詞ともいえます。
47歳で三代目白雲を襲名。
依頼主や様々な職人さんは勿論のこと、老若男女、本当に色んな人が三代目白雲に会いに工房を訪ねて来られます。「今日は1日中、茶を飲んで終わった」という笑い話も。しかし、その談笑の中でひらめく発想がいつも仕事のアイディアへと結びついていきます。
そんな毎日を「楽しい」と言い、独自の魅力あるものづくりにつながっていくのでした。
近年は井波彫刻の技術を活かした「木彫看板サイン」を新たな井波彫刻の伝統として力を注ぎ、また、日本の伝統職人の技と心を後世に伝えていくための法人設立など、尽力しています。
先人の残してくれたものに感謝する事を忘れず、また次世代につないでいくために新たな伝統を育んでいく。
職人としての誇りと志はぶれる事無く3代目白雲の挑戦はこれからも続きます。